選挙無効請求事件

【最大判平成19年6月13日(事件番号平成18年(行ツ)第176号)】

 

《事実の概要》

 本件は、2005年9月11日に施行された衆議院総選挙について、@小選挙区に
おける投票価値の不均衡A選挙運動に関する規定が憲法に違反するとして提起された
訴訟である。

@小選挙区における投票価値の不均衡

   2005年衆議院総選挙においては、各選挙区の人口較差が最大2.171倍
となっていた。

   *そもそも選挙区割はどのように決められるのか?

    →1994年制定の「衆議院議員選挙区画定審議会設置法」第3条1項によれば、

     「前条の規定による改定案の作成は、各選挙区の人口の均衡を図り、
各選挙区の人口のうち、その最も多いものを最も少ないもので除して得た
数が2以上とならないようにすることを基本とし、行政区画、地勢、
交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない。」
とされている。

 

    →同法第3条2項は、「1人別枠方式」を採用している。

      1人別枠方式とは・・・各都道府県の選挙区数につき、各都道府県にあら
かじめ1を配当した上で、人口に比例した定数を
加えた数とする方式

 

   *本件は、憲法第14条(投票価値の平等)に反しないかどうかが問題となる。

 

A選挙運動に関する規定

   1994年改正以降の公職選挙法においては、

   (1)国会議員が5人以上所属する政党         

   (2)直近国政選挙において2%以上の得票を得た政党  

             ↓

      候補者届出政党として選挙運動を行うことができる。

 

   *候補者届出政党のメリットは?

     候補者個人ではすることができない政見放送をすることができる。

 

   *本件は、憲法第14条(選挙運動における平等)、第15条(立候補の自由、
選挙権)、第21条(表現の自由、知る権利)に反しないかどうかが問題と
なる。

《判決の要旨》

@投票価値の不均衡

 ア、小選挙区の選挙区割について

   ・憲法が要求する「投票価値の平等」は、選挙制度の仕組みを決定する唯一の
基準ではない。

   ・従来の選挙の実績、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他行政区画、
面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の事情が
考慮される

   ・人口の都市集中化の現象等の社会情勢の変化を選挙区割や議員定数の配分に
どのように反映させるかという点も、国会が政策的観点から考慮することが
できる要素の1つである。

 イ、1人別枠方式

   ・過疎地域に対する配慮などから、相対的に人口の少ない県に国民の意見をも
十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とするもので
あって、国会の裁量の範囲を逸脱するということはできない。

   ・本件区割規定における人口の最大較差は1対2を極めてわずかに超えるものに
過ぎないのであるから、裁量を逸脱するものではない。

    (なお、横尾、泉裁判官による反対意見のほか、藤田、今井、中川、田原
裁判官による見解(事実上の違憲判断)が付されている。)

 

 ※以上より、本件は合憲と判断された。

 

A選挙運動に関する規定

 ア、1994年の公職選挙法について

   ・同法の改正は、選挙制度を政策本位、政党本位にするためのものであり、
候補者届出政党に選挙運動を認めることは、その目的に合致する。

   ・選挙運動をいかなる者にいかなる態様で認めるかは、選挙制度の仕組みの
一部をなすものとして、国会がその裁量により決定することができるものと
いうべきである。

 イ、候補者届出政党となる要件について

   ・国民の政治的意思を集約するための組織を有し、継続的に相当な活動を行い、

        国民の支持を受けていると認められる政党等が、小選挙区選挙において政策を
掲げて争うにふさわしいものであるとの認識によるものであって、合理性がある。

 ウ、候補者間の選挙運動上の差異について

   ・候補者届出政党に所属しない候補者も自ら自転車、拡声器、文書図画等を用い
た選挙運動や新聞広告、演説会等を行うことができるのであって、それ自体が
選挙人に政見等を訴えるのに不十分であるとは認められない。

 エ、政見放送について

   ・政見放送を候補者届出政党にのみ認めることは、・・・単なる程度の違いを
超える差異をもたらすものといわざるを得ない。

      ↓

      ↓しかし、政見放送は選挙運動の一部にすぎない。

      ↓  全ての候補者に政見放送の機会を均等に与えることは困難である

      ↓

   ・小選挙区選挙における政見放送を候補者届出政党にのみ認めていることの
一事をもって、選挙運動に関する候補者間の差異が合理性を有するとは考え
られない程度に達しているとまで断ずることはできない。

    (なお、横尾、泉、田原裁判官に反対意見が付されている。)

 

 ※以上より、本件は合憲と判断された。

 

《本件判決に対する意見》

@投票価値の不均衡について

 (1)選挙権の平等(憲法第14条)の観念には、従来から一般的に認められてきた
投票の数的平等である一人一票の原則(公職選挙法第36条)にとどまらず、
各投票が選挙の結果に対してもつ影響力の平等(=投票価値の平等)も含まれ
るべきである。

 (2)選挙権の平等及び投票価値の平等は、表現の自由と同様に民主政を支える
重要な権利であることをかんがみ、厳格な司法審査が必要と思われる。

 (3)投票価値の平等の意味は、一般の平等原則の場合の「平等」の意味よりも、
はるかに形式化されたものであり、国民の意思を公正かつ効果的に代表する
ために考慮される非人口的要素(従来の選挙実績、行政区画、面積の大小、
人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等)は、定数配分が人口数に
比例していなければならないという大原則の範囲内で認められるにすぎない
はずである。

 

 *以上のことから、一票の重みが議員一人当たりの人口の最高選挙区と最低選挙区
とでおおむね2対1以上に開くことは、投票価値の平等の要請に反すると解する
のが妥当である。

  これは、一票の重みが、特別の合理的な根拠もなく、選挙区間で2倍以上の較差を
もつことは、平等選挙(一人一票の原則)の本質を破壊することになるからである。

 

 *相対的に人口の少ない県に定数を多めに配分し、人口の少ない県に居住する国民の
意見をも十分に国政に反映させることができるようにすることを目的とした「1人
別枠方式」は、積極的に較差を生じさせる要因となっているにもかかわらず、それ
を認める特別の合理的な根拠があったかどうかであるが問題となるが、それを正当
化する理由が見当たらない。

  (泉裁判官の反対意見では)

    過疎対策、多極分散型国土の形成等の政策は、『全国民を代表する選挙された
議員』が国会において審議すべき公共の政策であって、「国会において審議
すべき政策について、一定の方向性を与えるため、国会へ代表者を送る選挙の
段階で、各都道府県で選出する議員の数に手を加えることは、議会制民主主義
という憲法原理に違反する」と指摘している。

 

 *以上のことから、較差が2倍以上となった本件投票価値の不均衡については、
違憲と判断すべきであったと思われる。

 

A選挙運動に関する規定について

  従来の最高裁判例(戸別訪問禁止、文書図画の制限、事前運動禁止)は、「選挙
運動の自由」が憲法第21条の保障する「表現の自由」に含まれるとしながら、
選挙運動の不当な競争の防止・選挙の自由公正さの確保を理由に一定の規制は、
「憲法上許される必要かつ合理的な制限」としてきた。その後、一定の規制は、
「選挙の自由と公正を確保する見地からする立法政策の問題である」とし、立法
府の裁量を強調した。そして、最近では、選挙制度の合理性という枠内で合憲
判断するようになっている。

 

 *選挙制度の合理性という枠内での合憲判断の問題点

  (1)公職選挙法は、「政策本位、政党本位の選挙制度」のためとされているが、
「政党本位」であることが直ちに「政策本位」であることにはならない。

     (横尾裁判官の反対意見では)

       届出政党候補者とその他の候補者との選挙運動量の較差によって公正な
政策論争が妨げられることを論じている。

  (2)仮に政党本位の政治制度が望ましいとしても、候補者の選挙運動量に較差を
設けることによって、「政党本位」を実現しようとするのは民意を歪曲する
ものにほかならない。

     (田原裁判官の反対意見では)

       代議制民主主義の基礎を成す普通選挙は、候補者が共通の土俵の上で、
共通の手段・方法でもって、その信条、政見、政策、識見を選挙人に訴え、
・・・当選人を決定する制度であるから、各候補者が行い得る選挙運動
の手段・方法は、・・・原則として平等でなければならない」と論じている。

  (3)候補者届出政党の要件からは、政党本位の制度ではなく、既成政党本位の制度
と評価せざるを得ない。

     (泉裁判官の反対意見では)

       小政党や新しい政治団体の発展可能性を阻害するものと論じている。

  (4)本件で問題となった政見放送に関し、その手段・方法等を工夫すれば、政見
発表の機会を実質的に均等に与えることができるはずである。

     (横尾裁判官の反対意見では)

       放送1回あたりの時間の短縮、放送回数の縮減、放送時間代の工夫等を
して、政党届出候補者及び本人届出候補者双方について、新聞広告及び
政見放送による政見発表の機会を実質的に均等に与えることは、さほど
困難なことではない」と論じている。

 

 *候補者届出政党の候補者を優遇することは、「選挙運動における平等」(憲法
第14条)を侵害するだけにとどまらない。

  ア、届出政党候補者以外の候補者の「表現の自由」(憲法第21条)あるいは、
「立候補の自由」(憲法第15条)を侵害する。

  イ、有権者は、公正な情報の享受が妨げられることになり、「知る権利」(憲法
第21条)あるいは、「選挙権」(憲法第15条)を侵害する。

 

 *以上のことから、選挙運動の較差を生じさせた本件選挙運動に関する規定は、
違憲と判断すべきであったと思われる。

 

《憲法参照条文》

 第14条1項

 すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は
門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

 

 第15条1項

  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

 

*「立候補の自由」は、「選挙権の自由な行使と表裏の関係」にあるものとして保障
される権利と解されている。

 

 第21条1項

  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 

 *「知る権利」は、マス・メディアの発達により、その情報(表現)の受け手の自由
(聞く自由、読む自由、視る自由)を保障する必要性から生まれた権利である。

 

 第43条1項

  両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

 

 第47条

  選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。